自然界の例えば蟻の巣とか魚の群れを観察していると、たくさんの個体の集合が一つの生き物のような行動をするので、超常的なコミュニケーション形態が存在しているらしいという意味で、集合意識という仮定がなされることがあります。集合意識というのは今のところ想像上の理論でしかないのかも知れませんが、脳科学の観点から今後数十年の間に証明されると予想されます。人間も動物であるという面があり、普通私たちはそういう風に考えませんが、一人一人にやりたい仕事があるということは、全体から見ると一人一人に役割が与えられているからだとも言えます。ただその役割が多種多様であり創造的であるという点では動物とは異なっております。じゃあ悪いことをする人はその役割を与えられているからかという疑問は、それこそ何千年も前から哲学の最大の争点であったと言えます。ただ考えているだけでは決して解決のつかない問題ですが、私の勝手な意見では、私たちが生きているこの宇宙にはテーマ性があり、それは自由意志の体験を通して慈悲の心を体得するという計画なのであります。それも他にいくつかある宇宙の一つであり、さらに遠大な神様の全体計画の構成要素であると考えられるものです。だからと言って大げさに空想するべきじゃなく、私たちの人生というのはただ単にそういう意義を持つものだということだと思います。