そもそもスピリチュアリティを「学ぶ」という姿勢で始める人は少ないかも知れません。生まれつき深い信仰心がある人は、スピリチュアリティの本質を最初から分かっているので、誰に教えられなくても自分に一番合う道を見つけて突き進んで行くものです。それなら何の問題もないのですが、そういうケースは稀であって、ほとんどの場合、自分の興味と必要性に合致する教えに自然と引き寄せられるものだと思います。例えば普通は見えないものが見え聞こえないものが聞こえる人は、霊能や超能力開発の方向に行くのが当たり前ですし、特殊な感性を持ちいわゆる変わり者扱いをされて生き辛さを感じている人は、「そんなあなたにも価値がある」と認めてくれる教えに安心したりもしますし、社会的に成功体験をしている人は、願望実現的な教えが「自分の成功をうまく説明してくれている」と感じ満足したりもします。それの何が問題だと思うのかと言いますと、結局何が目的なのかがハッキリしないまま年月が過ぎ去ってゆき、周囲の人間から「あの人はすごく変わった、立派になった」と評されることもないまま「スピリチュアルが趣味」の人生で終わってしまうきらいがある点であります。一般的な大学の教育課程では、出来る限り幅広い分野を概観した上で、だんだんと自分の専門を狭めて行くのが良いとされていると思います。いきなり専門だけやると、良い研究に必要な視野が得られないからではないでしょうか。スピリチュアリティでも同じようなことは言えまして、伝統宗教や成功法則やヒーリングなど幅広い分野を選り好みせずにちょこっとずつ学ぶことによって、理想を言えば「スピリチュアリティの目的はこういうことなんじゃないか」というのが自分なりに見えて来ると思います。そうなれば自分に合う道を自分で判断できるようになるんじゃないでしょうか。