霊性の道にいる人が、どうにも成長や変化がないという停滞を感じる場合、まず間違いなく自分が当たり前と思っている思い方に原因があると思います。その代表格が「自分なんかダメだ」という卑下慢の思いで、他人からは「謙虚な人だ」と言われることもあるため、自分で問題だと気づきにくいものです。ところが、自分をスゴイと思うのであれダメだと思うのであれ、自我へのこだわりという点では同じ現象なので、同じ程度に妨げになるのであります。自分をダメだと思う思い方が極端に強い場合、本当にダメな人生になってしまうので、自分をスゴイと思う人の方がだいぶマシであると言えます。いろいろ理由があると思いますが、スピリチュアルに興味を持つ人には自尊心が低い傾向が見受けられます。一つには自尊心とかプライドという言葉に悪いイメージがあると言いますか、良くないものという思い込みがあるからではないでしょうか。だから自分を卑下する態度を問題だと思えないというか、自分にとっては当たり前として板に付いてしまうわけです。卑下慢に限らず、宗教の長い歴史の中で板に付いてしまった自己否定的な態度は、それが結局宗教の目的であるはずの世界平和の実現に貢献していないということを認めない限り、変えられないと思います。もちろん認める必要はないんですが、私の目にはそう映ります。自分は大生命の一つの表現であるという正しい自尊心やプライドが求められます。