自分は何も考えないでただ生きていると思っている人もいるでしょうが、本当にその通りであることはほとんどなく、大部分の私たちは心の中にある何らかの意図を中心に生きていると言えると思います。ところが、この意図が好むと好まざるとに関わらずネガティブな場合が多いのです。例えば、何らかの恐怖やトラウマから逃げ続けるという意図だったり、罪の意識から自分を罰するという意図だったり、劣等感から自分を別のものに装うという意図だったり、孤独から目を背けるために目先の楽しみを追求するという意図だったりします。話に聞けばそんなような意図で生きる人生はあまり良い結果にならないことが容易に想像できますが、ほとんどの場合そういう自覚はなく、また自分の意志でそのように意図した覚えがないわけなのです。気づくと気づかないとに関わらず、生まれつきそういう風になってしまったわけです。しかしそれだけに、人生の中心となる意図を自分で設定し直すことで大きな効果が期待できることは確実であります。自分が心の底から信頼できる覚者(宗教家じゃなくても構いません)を見つけて、その人が意図したであろう同じ内容を自分の人生の意図に採用するのが最善だろうと思います。要するに人を助けるとか世界平和とか、自分の頭でちゃんと理解できて、かつ自分に一番しっくり来る内容なら何でもいいと思います。するとその覚者と文字通り同じ方向を向いていることになるのです。